2017年3月23日木曜日

自然との出会い・人との出会い

今冬シーズンはほんとーに忙しかった!そんな印象。

夏は夏でもちろんバッタバタなのは毎年のことやけど冬もこうなるか!

って感じな今冬シーズン

ガイドや検定、その合間に観光協会の仕事・・・。

どっぷりガイドや飛騨小坂の観光にのめり込んでいる。

しかも年々よりディープにはまり込んでいるような気がする。

さて、本題。

このところよく考えるテーマがある。

ガイドポリシー。

それはガイドを行ううえで僕たちガイドがどう考え立ち振る舞うのか。

いわば自分なりの”物差し”を持つこと。

自然案内、それは捉え方によっては自然を”食い物”にしている。

そんな表現もできる。確かにある面ではその通りかもしれない。

単に”食い物”にしているわけではない、とどう説明できるか否か・・・。

きっと自然での体験は人との出会いと同じで”一期一会”

だからその一瞬を大切にしたい。

一生に一度、そのタイミング(時)にしか出会えない瞬間。

二度と取り戻せないその一瞬。

だからこそ大事にしたいと思うし、丁寧に接したいと思う。

それを”尊重”とも言い換えることができるかな。横文字にすると”リスペクト”

その場にたまたま、そして何の因縁か集まった人と、出会う景色。

それは二度とない瞬間。

その貴さというか神秘というかもう二度と来ないその瞬間。

ガイドとしてこんな現場に何度も居合わせて共有できる幸せ。

こんなに幸せなことは無いのだと思う。

だからできるだけ自然にも人にもその瞬間が意味のある瞬間であってほしい。

その瞬間を”おぜん立て”するのがガイドの使命と思っています。

決して飾らず、でも壊さず。微妙なバランスを保ちつつ両者共存のバランス。

このバランス感覚こそガイドとして持ち合わせるべき感覚。

僕らはたまにインタープリターとも訳される。

単に解説者ではなく、通訳なのだと。

相手の意志や想いを汲み取り他者へそのメッセージを伝える。

自然には意志はないのかもしれない。でも彼らの営みそのものが意志のようなもの。

その”意志”を身近に感じられる僕たちが、

身近に感じられない、もしくは気づかない誰かに伝えることが使命なのだと思う。

そしてひととこに留まる僕らのもとには幸いに多くの色んな個性の方々に集まって頂ける。

川の中にたたずむ岩石のごとく、来ては去る人々の流れの中に身を置く。

そんな僕らはお客様より多くを頂く。生活の糧であり、情報であり、交友関係であり。

そんな幸せな仕事は他にないのではと錯覚もする。

巡り合い。自然も、人も。

今一度考えたい。僕が自然環境のためにできること、お客さんに対してできること。

そしてそのバランスを。

ただ振り返ってみるといつも僕は自然にもお客様にも頂いてばかりなのだと思う。

素敵な出会いばかり。

ちゃんと恩返しできているのだろうか。自然にもお客さんにも

まだまだ道半ば。自然とも人とも謙虚に付き合いたい

合掌。




全ての巡り合いに感謝!

2017年2月26日日曜日

どこまでもあおく

”あお”という言葉は様々な漢字で表現される。


青・蒼・藍・碧・靑・・・・。


その言葉は水や空などに代表される自然から人の感情までも表現する。


単に色彩そのものを表すのであればひとつの表現で良いと思う。


きっとその裏というか、深さというか、奥行きというか・・・三次元的な意味合いのあることばと思う。


こと自然界に置いてはきっとこの全ての”あおいろ”で表現し尽せない色彩にあふれている。


自然に抱かれ、その恩恵に生かされている今の自分。


そのポジションを見失ってはいけない。いや見失うはずもない。僕はそこで生きているから。


でも一般には自然と切り離された空間で生きざるを得ないのがマジョリティー。


マイノリティーは僕の方。いや、ある方面からはマジョリティー側か・・・、


まぁ、どちらでもいいけど。


僕は”あおいろ”をこよなく愛している。だからといって”あおいろ”で全身コーデしたりするわけではない。


氷の蒼だったり、花の藍だったり、空の碧だったり、反吐が出るような靑くささであったり・・・。


とにかく”あおいろ”は良い。


うん、好きだ。


Clear Abobe Visibility Unlimited(見上げる空限りなく何処までも)


Blue(あお)の先は漆黒の宇宙空間、Dark(暗黒)かもしれない。


けどそこに恐怖は無い。


”行けるとこまで行く”のではなく”行くと決めたところまで行く”それを愚直に繰り返すことで


まだ見ぬDarkの向こうにBlueが広がることを妄想する。


楽しいね、人生は。まだまだ”あおい”おれの生き様。


小坂の瀧と添い遂げる。そう決心したよ。改めて。


負けるかクソッタレ。”あお”さで勝負じゃ!











2016年12月23日金曜日

同じ方向


沢がひと段落して秋に少し息抜きできた。束の間の休息を経てここ2か月ほどダッシュで駆け抜けた気がする。この生き方を選んだ時点で本来”息抜き”なんてないはずやったけどそんな余裕があったのは”なまだまだ”な証拠かな。


ふえりかえればこの2016年、今までの激動に比べればわりと静穏だったのかもしれない。
仕事量は増え、休みは減ったもののなんだか安定していた。
きっと周囲も落ち着いてきたんだと思う。ネガティブにとらえれば”慣れ”かな。


思えば川の流れにも”激流”もあれば”瀞場(トロバ)”もある。緩急は必ずある。でも流れに翻弄されていればその向きは常にかわり続ける。どこを向いていたかさえ分からない激流にもまれ瀞場に辿りついたころには安ど感と、そのあとに押し寄せるどこへどう行けばわからない虚脱感。


あきらめて流されていてはいつかストレーナー(茶こしのように一度はまったら逃げられない水流の中のトラップ)にひっかかって溺れ死ぬのが関の山。生き残るためには流れを見極め泳ぎぬけなければならない。


ただがむしゃらに激流にもまれ必死で今を生きることも大事やけど荒波の隙間から垣間見える”その先”を常に見続け、今は目に見えていない”さらにその先”に思いを馳せ希望を持って信じて泳ぎ続けなければ”その先の先”は永遠にやってこない。



流されるのは、いいかえればあきらめる事。あきらめれば流されて呑みこまれるだけ。

やっぱり泳ぎ続けなければならない。でも常にその先の先を意識しながら泳ぎ続けたい。
一生懸命に泳いでいると周りは見えんけど気が付けば周りには自分と同じくもがきながらも前に進もうとしているあの人、その人、あなたが必死で泳いでる。


みんなきっと同じ方向に向かってるんだな。

いろんな泳ぎ方がある。でも向かってる方向はきっと同じ。


さぁ頑張ろう。来年も。新しい年の瀬も精一杯泳ぎぬけるぞ~!!



わが子の視線の先、僕の視線の先にはいつも小坂の瀧がある。

2016年10月18日火曜日

秋の山歩 ~南八ヶ岳編~

最近デスクワークな日々で気持ちは萎え、体もなまる一方。

そんな中での貴重なフリーな平日休み。そうだこんな日はあれだな・・・。”山歩”に出かけよう。

天気予報を見ているとどうやら10月中旬の割には気温も高めで3000m級でも雪の心配はなさそう。

てなわけで、今冬に行く予定の八ヶ岳・赤岳の偵察かねて行ってみよ~。








家から登山口の美濃戸までは3時間半。朝4時に起きてざっくり7時半には美濃戸を出発できる計算だ。

ただ、道間違えたり通勤ラッシュにはまったりで結局登山口の赤岳山荘に着いたのは9時ちょっと前。

でも天気も悪くないし最悪帰りはヘッデン下山でもいいやと割り切り歩き出す。

序盤からほぼ走るほどのハイペースで登るが、汗だくだく&息も切れ切れ。いや~運動不足がたたってます。

やっとの思いで行者小屋へ辿り着いた。時刻はまだ10時前。

「この分ならすべてのコースタイムは半分以下で行けるな~」と楽観視。

ただ硫黄岳まで縦走し赤岳鉱泉まで抜けるとしたら全行程で10時間以上必要。

高低差はあるものの距離的には15km弱やしなんとかなるっしょ。てなわけで再出発。



地蔵尾根の急登を経て赤岳の頂上に着いた時には11時。なんとか陽のあるうちに駐車場にはつけそうな時間。

ここからは稜線歩きだ。赤岳から硫黄岳までは岩場のアップダウンの繰り返し。ガスって眺望が効かない分、苦しいだけの修行的な縦走だ。

いつもそう。登りが苦手。足が上がらない。息もあがったまま戻らない。

いやもう登ること自体意味わからん。と、こころでブツブツ言いながらもムチ打って登り続ける。

もう登りは勘弁!というところで最後の硫黄岳の登りは緩やかながらしんどかった・・・。

休憩なしでノンストップ。乳酸たまりまくりの重い足。これでこそ良いトレーニング。といわんばかりに地味に追い込み続けた結果ヘロヘロ。

あとは赤岩の頭を経由し赤岳鉱泉までは下り道。いくら疲れていても下りは飛ばします。

ここはストックを出して駆け下りる。そろそろ膝がヤバイというところで赤岳鉱泉に到着した!

赤岳鉱泉の裏手ではアイスキャンディー(冬にはアイスクライミングに氷柱になる土台)の建設が進んでいた。

写真でみるよりずいぶん大規模。当たり前やけどすべて人力での作業。

みんな登山用のハーネス&ヘルメットてのがヤマヤらしくてうけた(笑)

後から知った事やけど皆さん山岳ガイドさんだったんですね。

赤岳鉱泉を後にして北沢をゆっくり下ることに。もう走れません・・・。勘弁してください、自分。

下山はいつも憂鬱。堰堤広場からは登山道も終わり林道歩きだ。でも期待をいい意味で裏切ってくれる光景が。

林道に入ってから周りの景色が一変。一面の苔と紅葉に癒される♪

疲れ果てたところに、このように癒され過ぎてはもう歩くのが嫌になりました。逆に。





今回は冬の山行の下見と称し急きょ南八ヶ岳へ。

当初は赤岳のみの偵察を考えていたものの、動き始めたら意外と行けそうだったので周遊しました。

お目当ての赤岳鉱泉のアイスキャンディーの骨組み建築も見えたし、八ヶ岳名物一面苔むした林にも癒されたな~。

ホームの御嶽と比較しやすい山だったので色々勉強になった山歩でした。

そして良いトレーニングになったわ。体バキバキ。これがたまらんのです。よし、また明日からがんばろう!

【行程】赤岳山荘(AM9時)-南沢経者小屋(AM10時)-地蔵尾根経由赤岳(AM11時)-赤岳~硫黄岳経由赤岳鉱泉(PM1時)-北沢経由赤岳山荘(PM2時20分) Total 5時間20分・15km 

2016年10月17日月曜日

【再考】小坂の瀧魂

僕の脳裏に”小坂の瀧”とい言葉が焼き付けられてきてから久しい。

今となっては当たり前のことになっているけども、いったいそれはいつのころからやったんや?

振り返ると、多分保育園の遠足の写真。真新しいがんだて公園のステージに腰かけている(当時まだ駐車場スペースは舗装されていなかったためステージとは20cmほどの段差があった)複数の園児と並んだ僕の姿。この時三ツ滝まで行ったのかは定かではない。そんな5歳。

初めて”小坂の瀧”という写真集の存在を知り読みふけった12歳。

暇つぶしと小遣い稼ぎのため、がんだて公園の売店で団子焼きのバイトをしてた15歳。(当時の滝見遊歩道は現在の茶色ではなく、緑色だったな)

幼いころ”やまのぼりのおじさん”に見せてもらったあのころ(推定6歳)の「ガッシャンガッシャン」は小坂の瀧写真集の素材を幻灯機のスライドショーで”魅せて”いたのだと気付いた18歳。

「国有林のあのゲートの向こう側が見たい!」という思いから「卒論の調査ならいけるんじゃね!?」と思いつき卒論テーマにかこつけてオフィシャルに入林許可申請を取得し思うがままにゲートの先の世界を行き来した21歳。

社会人になり、社会の波にもまれながらも、ふと見た中日新聞の記事の中に”NPO飛騨小坂200滝の設立”を知り「先を越された!」と思った23歳。

オヤジから、”禁断の領域”と言われ続けた小坂の魔境”兵衛谷”に足を踏み入れた25歳。

ついに、人生を”小坂の瀧”に捧げると決心した28歳。

そして、これほどまでにこの小坂の瀧を愛する人が他にも県外にもいるのだと知った33歳までの5年間。

写真集”小坂の瀧”と同い年。落合”御嶽橋”は誕生日も同じ”タメ”

常にどんなことでもできれば事の始末に責任はあまり負いたくはない。

でもこれだけは最後までやり抜きとおしたいと思った。

小坂の瀧とともに生きる。これだけは逃げない。突き進むのみ。

道などない。ただその先へ進め。





2016年10月10日月曜日

ちょっとそこまで秋の山歩でふと考える。の巻

雨続きの今秋。珍しく空いた休みの日、晴天予報に促されて久しぶりの稜線へ。

ちょっとしたアクシデントで負傷した足をかばって易しめの日帰り登山。

紅葉シーズンに多くの人で賑わうこの山。

ロープウェイを降りたったカールは思いのほか小さいけれど花崗岩の岩峰はなかなかの迫力。

実際に歩いてみると痛めた足には程よい行程。

岩稜歩きはわずかではあるけど程よい高度感で良いリハビリ&トレーニング。

山頂からは御嶽が良く見える。しばし黙とう。

立ち返って、ここもきっと冬にはそれなりに厳しい場所になるんだろう。

遭難の碑も稜線に立っているし、昨年だったかな韓国人の登山者が没している。なんでも紙一重。

今回もロープウェイでアクセスできて乗鞍や立山、西穂にも似た、非常に”手軽”な3000m級。

しかしそこはやはり高高度の世界。ひとたび狂うと人の命などろうそくの火よりはかなくか細い。

久しぶりのハイシーズンの登山のためか多くの登山者を目にする。

本当にいろんな登山者が山には居るのだな。そんなことを再認識させられた。

やはり山で人は死ぬ。たとえそれが噴火や落石のように不可避のものではなく

可避のものも含めて。今一度冷静に自分自身に問い直したい。人のふり見てわが身を正せ。

そういえばある人が言ってたな。「山に登る時、長い道中、幾度となく自問自答する。実はそれが大事なんだ。と仏法僧が教えてくれたよ。」

やっぱり山に行こう。たまには。気持ちや考え方を整理しに。

次は冬かな。さて、一休みはこの辺で。次にいきましょか!

八丁坂→木曽駒→宝剣→極楽平の稜線歩き。




2016年10月6日木曜日

2016.9.28-30谷川連峰・湯檜曽川本谷(峠沢まで)【記録集】

備忘録とは別に遡行記録を時系列に整理して残しておくことにしよう。

【初日】 雨予報通り終日雨。道の駅みなかみにて車泊

【2日目】 雨のち曇り予報。白毛門登山口を9:00に出発。常に雨に降られ湯檜曽川出合(魚留滝ゴルジュ上)にてビバーク

【3日目】湯檜曽川遡行、峠沢出会いより鉄塔巡視経路を利用し旧国道291号を下山。

今回の遡行は当初1泊2日で朝日岳まで抜ける予定でいたが雨の影響で遡行自体は1Dayとなった。

残念ではあったが秋の沢遠征初となる停滞の経験もこれもまた有意義。無駄なことなど一つも無い。

AM6:17 湯檜曽川本谷を魚留滝ゴルジュ上より遡行開始する
白樺沢出会
 平凡なゴーロ歩きを経て白樺沢出合。白樺沢の奥にはナメ滝が見える。
これより上流は本谷もナメ床が断続的に表れ美しい。ただ日の出前だけに水は冷たく寒い。
白樺沢を越えて最初の滝(2m程度)
谷は圧迫感の無いもののだんだんと狭まり滝が連続するようになる。小滝ばかりで登りやすいがスラブ滝が中心でスリップに注意が必要。
3段30m程度のナメ滝
6:31、3段30m滝に到着。こちらは右岸を胸までつかればへつってそのまま右岸を直登できるようだが朝一にそこまで濡れる気にもならず左岸より巻にかかる。最初は2mほどの段差をあがる場所で残置ハーケン&スリングあり。無くてもがんばれば登れる。草付を踏み跡通りに進むと楽に落ち口に出る事が出来る。
ウナギ淵入口
 6:37谷が大きく右に曲がるとウナギ淵を前衛にゴルジュがスタート。ウナギ淵自体は左岸を小巻に出来るがその後数百メートルは増水の影響もあってか腰以上の渡渉が幾度となく現れる。
ウナギ淵ゴルジュの屈曲部にある10m滝
 更に谷を進むと水流が左に直角に曲がる。ここに頓挫する10m滝は豪瀑で左壁を登り越える事が出来る。
ひょんぐり滝
 うなぎ淵を越えてもなお滝群は続く。上越の沢ではあたりまえかもしれないが中部圏では非常に珍しい、ひょんぐり滝が出迎えてくれる。この上でかの有名な十字峡(抱き返り沢・大倉沢出会い)
ゴルジュの奥になにやら滝が見える。
ウナギ淵から始まる長いゴルジュ帯は側壁が立っていないものの弱点は乏しく、まさにゴルジュ。
その終点には8mのチムニー滝がとん挫。腰までつかりながらゴルジュを前進。細かいスタンスではあるが問題なく滝上には降り立つことが出来た。
8m滝を巻き上がるの図
 谷は一瞬開けるがすぐに大滝が現れる。7:08抱き返り滝に到着。

増水の影響で2段目の登攀開始地点は激烈シャワーの中。ソッコーで左巻き決定。

1段目より大巻。途中のルンゼを詰めるも行き詰まりトラバース。激烈藪漕ぎで滝頭に出る。

抱き返り滝(2段20m)
抱き返り滝を越えると落差のある滝が連続する。10m3条は左のチムニーより巻く。
チムニーの最後にチョックストーンがあり乗り越すのが若干厄介。


AM7:46 七ツ小屋沢出合。本谷は曲り小滝をかけているので間違わない。

進んでいくと七ツ小屋沢に20mの滝が見える。間違えて登っても行き来できる。

いくつかの滝を越えていくと名物の10m滝にAM8:02に到着。

覚悟を決めレインのフードをかぶって滝身に取りつく。あとは瀑水を浴びながら滝の裏側のテラスを左上。左壁の登攀はホールド・スタンス豊富で登りやすい。
AM8:31赤茶けた岩質の2段滝に到着する。直登も可能だが右から入る枝沢より高巻く。
比較的大きく巻くが踏み跡は明瞭。落ち口に降りる際急傾斜なためスリップには注意が必要。
この滝を入口に大滝まではゴルジュ。途中深いヘツリもある。

AM8:42核心部の大滝(2段40m)に到着。狭いゴルジュ帯の中に鎮座する威風堂々たる風格に圧倒される。1段目は難なく登れる。2段目はテラスを少し下流側にトラバース。ぬめりが気になるが特に難しいところはない。確保視点やランニングも取りやすく確保した方が無難。あとは枝沢を登り落ち口めがけて続く草付の踏み跡をたどれば簡単に落ち口に立つことが出来た。

AM9:29峠の沢&鉄塔巡視路に合流し本日の遡行を終了した。
AM9:53清水峠へ到着しあとは旧国道291号を出発地点めがけて下るだけ。
PM14:30白毛門駐車場に到着。沢よりも登山道歩きの方が長い今回の日帰り遡行となった。